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まちの歴史

大正4~9

年号 西暦 南尻別のできごと
大正4 1915 1・18 大谷地に南尻別大谷購買販売組合を設立。
3 斉田巳之助、村長に就任。
5・2 蘭越巡査部長派出所を設置。
6・1 第8南尻別尋常小学校湯山別教授場開場。
大正6・6・1 南部川尋常小学校として独立。
昭和22・4・1 旭台小学校と改称。
9 蘭越巡査駐在所を設置。
10 南尻別村字目国内43番地(現上里)に小樽育成院の農場43町歩を開き、住宅、倉庫など建設、のちに53町歩とする。
11 磯谷乗合馬車組合設立、磯谷・蘭越間の定期運行を行う。
12・24 目名(現名駒)に、南尻別乙卯信用購買販売恒産社設立。
この年
◇豊国橋竣工。
◇田下寅治(禎信)、澱粉工場を設立。木工場において合板ベニアを試製する。
◇旧蘭越村瀬宇太郎ら、ふたたび稲作を始め、大野早生、赤毛旭川坊主などを播種反当り3俵半の収穫をあげる。
◇目名孵化場(チリベツ)、マスの放流を始める。
◇奥昆布原野道路開削
大正5 1916 3 小林長、村長に就任。
5・7 育成院農場開墾に着手。
大正11・10・8 育成院神社建立。
6・2 現字貝川267番地に火葬場設置(昭和52・8・5廃止)。
同日、同278番地に墓地公定。
7 村内の学校名を地域名に改称。
この年
◇蘭越、目名(現名駒)、中目名(現目名)、昆布の4地区に私設消防組設立。
◇木材、エンドウ、菜豆、澱粉高騰、市街地活況を呈する。
◇中目名の共有地で山火事、大きな被害となる。
3・1 蘭越に大成寺(浄土真宗本願寺派)設立。
5・5 豊国笹山稲荷神社創建。
大正6 1917 5 村内4地区の私設消防組、公設に改組され服装を制定する。
6・6 山梨団体長今泉幸雄、私設奥昆布学校を創設。
大正7・4・1 中昆布尋常小学校付属奥昆布分校となる。
昭和8・3・31 児童数激減のため閉校。
同 24・9・1 川上小学校として開校。
6 逆川尋常小学校を開校。
大正15・4・30 蘭越尋常高等小学校と合併。
9・4 現蘭越町540番地に火葬場設置(昭和63・7・7廃止)。
大正6・9・14 同541番地に墓地公定。
この年
◇青山温泉、株式会社(社長伊井億右衛門)となる。
◇平田敬信道会議員となる。
◇澱粉の高騰続き、村内の澱粉工場49ヶ所に及ぶ。
◇この年の渡船場は次の10ヶ所である。
官 設
尻別川ナガトロ(ナガトロ・北尻別間)
同 古茶津内(古茶津内・北尻別間)
尻別川熊 谷(オサンナイ・ブイタオシ間)
同 モリベツ(モリベツ・ブイタオシ間)
同 浅 瀬(浅瀬・熊本団体・湯山別間)
同 石 渕(石渕・ホロシツナイ間)
同 ホロシツナイ(大谷地・目国内間)
同 尻別(磯谷村)(磯谷・北尻別間)
私 設
尻別川トンカラ(目名・ブイタオシ・北尻別間)
同 目 国 内(目名・目国内間)
大正7 1918 8・8 南尻別村役場『没革誌』(82ページ)を刊行。
この年
◇田下寅治(禎信)、米国製プラオ及びデスクハローを購入して使用する。
このころ
◇大谷地に前田村(現共和町)から農家10余戸が移住、造田に努める。それよりこの地区の造田熱高まる。
大正8 1919 4 農産物検査所設置。
昭和17・12・25 食糧検査所と改称。
同 22・5・1 食糧事務所蘭越出張所と改称。
7・1 寿都区裁判所能津登出張所から分離して、寿都区裁判所南尻別出張所(のちの札幌法務局蘭越出張所)設置される。
8 鮭鱒孵化場の事業を拡張、600万粒の孵化室を設ける。
9・1 南尻別電気株式会社営業始まる。
昆布、蘭越、中目名の各市街に電灯がともる。
12・22~ 北大スキー部48名青山温泉で合宿、4班に分けて練習をする。以後青山温泉を同部の合宿所として使用、この影響により付近住民の間に自作スキー流行する。
12・30 北大スキー部福地義次郎ら5名、スキーによりチセヌプリに初登山。
このころ
◇除虫菊の栽培さかんになる。
大正9 1920 4・6 大谷地の長谷部佐助ほか32名、かんがい造田の許可を受けて造田に着手。
5・1 北海道硫黄株式会社、岩雄登鉱山の経営を受け継ぐ。
昭和12・4閉鎖。
10・1 第1回国勢調査行われる。
南尻別村
世帯 1,942世帯
人口 10,738人
この年
◇山本嘉七・本間清造共同経営の中目名二亀牧場で、造材、木炭製造を始め、木炭がま20余基を設ける。
このころ
◇農産物暴落し、倒産者相つぐ。

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